大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)230号 判決

原告

財団法人板橋区中小企業振興公社

右代表者理事

石塚輝雄

右訴訟代理人弁護士

大庭登

三角信行

被告

株式会社実用ファイナンス

右代表者代表取締役

田中行成

右訴訟代理人弁護士

金田哲之

主文

一  原告と被告との間において、破産者松永京路破産管財人久保田紀昭が別紙供託目録記載(一)ないし(四)の各供託金について還付請求権を有することを確認する。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

主文と同旨(ただし、松永京路に属することの確認)

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  松永京路(住所東京都板橋区蓮根三丁目二番九号、以下「松永」という。)は、社会保険診療報酬支払基金(以下「訴外支払基金」という。)に対し、東京都板橋区蓮根三丁目二番九―一〇二号木村ハイツ所在峰永歯科診療所における平成二年二月一日以降の診療にかかる診療報酬債権合計三〇六万一二四六円(以下「本件債権」という。)を有している。

2  原告は、平成二年一月一六日、松永に対する東京地方裁判所昭和六三年(ワ)第一三三二九号事件の執行力ある判決正本に基づき、松永を債務者、訴外支払基金を第三債務者として、「松永が右診療所名義で訴外支払基金から支払を受ける平成二年二月一日から同年一二月三一日までの診療にかかる社会保険診療報酬債権、生活保護法に基づく診療報酬債権、結核予防法に基づく診療報酬債権のうち支払期の到来した順序で、支払期が同じ場合は金額の大きい順序で五四六万〇五八四円にみつるまで」の債権差押えの強制執行を申し立てて、その旨の差押命令を得たところ、右命令は、そのころ、第三債務者である訴外支払基金及び執行債務者である松永に、それぞれ送達された。

3  ところが、訴外支払基金は、松永から本件債権を被告に譲渡した旨の通知を受けているとして、平成二年二月二六日から同年七月二七日の間に、いずれも被供託者を「松永京路又は株式会社実用ファイナンス」として、東京法務局に別紙供託目録記載(一)ないし(四)のとおり供託した。

4  被告は、右供託金の還付請求権が松永に帰属することを争っている。

5  よって、原告は被告に対し、別紙供託目録記載(一)ないし(四)の各供託金につき、松永がその還付請求権を有することの確認を求める。

6  なお、松永は、平成四年七月一四日東京地方裁判所において破産宣告を受け、弁護士久保田紀昭が同日その破産管財人に選任されている。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

3  同3、4、6の各事実は認める。

三  抗弁

1  被告は、松永に対し、昭和六一年一一月二五日当時、三五〇〇万円余の貸金債権を有していた。

すなわち、被告は、松永に対し、昭和六一年二月一三日から同年一〇月二九日までの間に、二八回にわたって合計三五一五万円を貸し付けた。

2  被告は、松永から、昭和六一年一一月二五日、「東京都社会保険診療報酬支払基金に対して今後発生する診療報酬債権(社会保険、老人保険)及び東京都国民健康保険団体連合会に対して今後発生する診療報酬債権(社会保険、老人保険)について、昭和六二年二月分から昭和七二年一月分までの債権」を、「被告から現在発生している借金及び今後発生する借金の返済方法」として譲り受けた。

3  松永は、訴外支払基金に対し、昭和六一年一一月二八日到達の同月二七日付け小石川郵便局第八九八号内容証明郵便をもって、右債権譲渡の通知をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2の各事実は、否認する。

一〇年間にも及ぶ将来の診療報酬債権の譲渡は法律上無効であり、少なくとも将来の一年分を超える昭和六三年二月分以降の診療報酬債権の譲渡を差押債権者である原告に対して主張することはできないというべきである。

五  再抗弁

被告と松永は、前記債権譲渡をする際、いずれもその意思がないのに、松永が債務の支払を免れる便法として、その意思があるもののように仮装したものである。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一1  請求原因1、3、4の各事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば同2の事実を認めることができる。

2  そこで抗弁の成否につき、判断する。

(一)  証拠(〈書証番号略〉)及び弁論の全趣旨によれば、抗弁2、3の各事実を認めることができる。

(二)  ところで、医師の社会保険に基づく診療報酬は、現行医療保険制度の下では、支払基金等から診療担当者である医師に対し、毎月一定期日に一か月分ずつ一括して支払われるものであり、その月々の支払額は、医師が通常の診療業務を継続している限りは、一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるので、診療報酬債権が将来生じるものであっても、特段の事情のない限り、現在債権の原因が確定し、その発生を確実に予測することができるといえるから、長期間の将来の診療報酬債権であっても、始期と終期を定める等の方法により譲渡の目的とされる債権の範囲を特定することによって、少なくとも当事者(譲渡人、譲受人、譲渡債権の債務者)間においては、これを有効に譲渡することができると解する余地がないではない。

しかし、医師の将来の診療報酬債権は、あくまでも個々の患者の診療によって発生するものであって、医師と診療報酬支払基金等との間に継続的な法律関係があるものではなく、現行医療保険制度の下においても将来において医師の診療報酬債権が発生すべき事実的基礎が存在しているにすぎないというべきであるから、その譲渡が余りに長期間に及ぶ場合においては、譲渡された将来の診療報酬債権の差押えをした第三者等の利害関係人に対する関係では、右診療報酬債権を有効に譲り受けたことを主張することは許されないと解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷昭和五三年一二月一五日判決・裁判集民事一二五号八三九頁、最高裁判所第二小法廷昭和六三年四月八日判決・金融法務事情一一九八号二二頁、札幌高裁昭和六〇年一〇月一六日決定・判例タイムズ五八六号八二頁等参照)。

そして、前示事実によれば、本件債権は、松永の平成二年二月一日以降の診療に基づくものであり、被告が譲渡を受けた時から三年余以上経過後に発生したものであることが明らかである。

よって、被告は、原告に対し、右債権譲受をもって対抗することはできないというべきである。

(三)  したがって、その余の点について検討するまでもなく、被告の抗弁は理由がないというべきである。

3  ちなみに、松永が本訴提起後であること記録上明らかな平成四年七月一四日に破産宣告を受け、弁護士久保田紀昭がその破産管財人に選任されたことは当事者間に争いがない。そして、本件訴訟は、実質的には取立訴訟ないしは債権者代位訴訟と同様のものと見られないではないから、右破産宣告によって中断するのではないかが問題となる。

しかし、本件訴訟は、破産債権者である原告が自己への直接の履行を求めているものではなく、破産財団の増殖に資する結果となるものであって、破産債権者の公平な満足の原則を破るものではない。しかも、本件債権は、右破産管財人において、破産財団に属する財産として現実に掌握しているものでもない(本件記録によれば、破産管財人において本件訴訟に関与する意向のないことが明らかである。)。そうだとすれば、本件訴訟は、右破産宣告によっては中断しないと解される(注解破産法[改訂版]一〇〇頁、二九九頁等参照)。

二以上によれば、原告の請求(なお、原告の申立ては、本件供託金還付請求権が松永に帰属することの確認であるが、前示のとおり、本訴提起後松永が破産宣告を受けているから、右請求権が松永の破産管財人に属することの確認を求める趣旨に変更されたものと解される。)は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官赤塚信雄)

別紙供託目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例